千葉パパのTHINK THE LIFESTYLE

千葉県でパパをしていいます。独立画策中。

松井秀喜さんに学ぶ一流の人生を歩む人とは

第59回

f:id:kogahideyuki:20190212234300j:image

55回の投稿を眺めていたという、しょうもない理由で松井さんのことを思い出し、

今回は松井さんの人生から一流の人生を送るヒントを書き起こしたいと思います。

 

松井さんを大人として育てた父の存在

f:id:kogahideyuki:20190212234635j:image

松井さんのお父さんは、小さい頃から、松井さんのことをヒデさんと、さん付けで呼んでいたそうです。

 

子供であっても、一人の人間と接するようあえてそのようにしていたようです。

 

お父さんの厳愛を感じとれる一つのエピソードですよね。

 

次第に頭角を現し、松井さんはプロへの階段を上っていきます。

そして、名門巨人に入団。

 

その時、車から出た松井さんが報道陣に向けて、パッと手を上げて挨拶した姿を見たお父さんは、松井さんにこう言います。

 

「ヒデさん、慢心を起こしていませんか?」と。

 

とても厳しいですね。でも、その一言に、松井さんも、「はい。」と一言。それ以上は何も言わなかったそうです。

 

実際に慢心を起こしていたのかは分かりませんが、父はその何気ない動作から、松井さんの心を読み取り、指摘したんだそうです。

 

その後も超一流の階段を上る我が子に、バッターボックスでの様子を度々厳しく指摘していたそうです。

 

とても厳しいエピソードですが、この父があっての松井さんなんだなと思います。

 

どんなに一流になっても常に謙虚さをつらぬく姿勢は、好感を呼び、人生とプレーに大きな影響を与えたことは間違いないと思います。

 

身近に人格を形成する見本となる人物がいたということはとても重要なことなんだなと思います。

 

長嶋監督との出会い

f:id:kogahideyuki:20190212234643j:image

長嶋監督は、1000日計画として、巨人の不動の四番として育てるため、松井さんへの個人指導を続けました。

 

毎日毎日試合がある日もない日も、スイングを確認したそうです。

 

そうした日々の中で、徐々に本物となっていく松井さん。日本を代表するスラッガーへと成長します。

 

これは、松井さんが海を渡るまで欠かさず毎日行われたそうです。海を渡った後も、長嶋監督が、アメリカに来た際は、バットを持って長嶋監督のホテルに駆けつけ行われたそうです。

 

距離が離れていても

電話がごしに、スイングの音を確かめたりもしていたそうです。

 

ものすごい師弟関係ですよね。

 

この師弟関係があったからこそ、松井さんは一流の技術と一流としての物事に対する向き合い方を学んだんだと思います。

 

超一流の指導者との強い絆が、その道にどのように向き合うかを習得する術であるなと感じますし、他の方法は多分ないんだろうなと思います。

 

巨人とヤンキースのチームメイト

f:id:kogahideyuki:20190212234715j:image

巨人もヤンキースも日米それぞれで最も偉大な選手を輩出した球団と言えます。

その球団の両方でプレーし実績を残した松井さんは、とても幸運だったと言えますし、それは必然だったような気がします。

 

必然といったのは、松井さんがそのような人たちを引きつけたと私は思えるからです。

 

同僚も人格と実力を兼ね備えた人たちだったからこそ、松井さんのもともと持っている素質が損なわれなかったんだと思います。

 

またチームの歴史には滔々と勝つためのメンタルやメソッドが染みついているのだと思います。そういう環境がますます松井さんを一流へと押し上げる要因になったと思います。

 

→同じ志を持った超一流の同僚がいたからこそ、その一流の素質は損なわれることなく維持され、開花したんだと思います。

 

 

 

まとめ

  • 何よりも偉大な人間としてのベースを培った父の存在
  • 一流への階段を上るための一流とのふれあい
  • 一流としての素地を損なうことなく高めた一流の同僚の存在

 

この三点が、今の松井さんを伝説のスラッガーへと押し上げた要因であったのだと感じました。また、1点目の父の存在が、残り二つの要因を引きつけたのだと言えると思います。

 

 人やアニメから学ぶ系の記事はこちら↓

 

kogahideyuki.hatenablog.jp

kogahideyuki.hatenablog.jp